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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2895号 判決

控訴人(原告) 柏熊恒

被控訴人(被告) 東京高等裁判所長官・国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

本件控訴状の記載によれば、控訴の趣旨は、原判決を取り消す。本件を原裁判所に差戻すとの判決を求めるというのであり、控訴の理由は、別紙記載のとおりである。

控訴人の被控訴人東京高等裁判所長官に対する請求につき、まずその訴の適否を判断する。

控訴人の右請求の趣旨及び原因は、原判決の「事実及び理由」欄中に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

思うに、上告状に印紙を貼用すべきことを命ずる原審裁判長の命令及び当事者がこれに従わないときの裁判上の措置等は、制度上本案の審判に附随する形式上の民事訴訟手続として規定されているのであるから、訴訟用印紙の貼用が行政上の手数料納付の性質を有すると否とに係りなく、これに対する救済も、専らその手続内において、民事訴訟法所定の不服申立方法にのみよるべきであり、当該具体的事件につき訴訟手続を離れて別に裁判所法第八十二条に基く司法行政監督上の措置を求めることは許されない。もしそれを許すときは、結局訴訟手続を定めた民事訴訟法の法意に反することになるからである。

以上の理は高等裁判所裁判長のした本件印紙追貼命令及びこれに対する異議申立を却下した高等裁判所の決定のように本来の抗告を申し立てることができない裁判についても同様であつて、このような裁判については、不服申立をいたずらに重ねることが訴訟制度の能率と信用を害するため、これをその審級だけで確定させるというのが法の建前であるから、憲法の違背を理由とする特別抗告のほかには法律上不服申立の途なく、別途司法行政の監督権に基いてこの種裁判の取消又は新たな裁判上の措置を求めることは許されない。控訴人の本件訴は、このように本来民事裁判事項として定められ司法行政の監督権の作用に属せずしたがつて行政事件訴訟の対象とならない事項につき、これを司法行政事項であると誤解して行政事件訴訟による救済を求めるものであるから不適法であり、かつその欠缺は補正の途がない。よつて、右訴を却下した原判決は相当であり、本件訴はこれを棄却すべきである。

なお、本件控訴を棄却するには口頭弁論を経る必要がないと解する。

けだし、民事訴訟における当事者双方審尋主義は、不適法な訴でその欠缺が補正できないためこれを却下すべき場合には適用がないことは、民事訴訟法第二百二条の規定に照らし疑いのないところであり、それは、そのような場合には相手方たる被告の意見陳述を聴く必要が全然存しないからである。ところが、控訴審においては、明らかに不適法な控訴につきあたかも右法条に照応する規定として同法第三百八十三条がおかれているけれども、訴が不適法な場合における口頭弁論の要否については別段の規定はない。

本件の場合は、控訴それ自体は適法であるから民事訴訟法第三百八十三条には該当しないが、同条は控訴審が新たな審級であることに鑑み、訴訟要件のほかとくに控訴要件の充足が要求されているところから設けられた規定であり、したがつて、この規定があることを根拠として総則編の規定たる同法第二百二条の適用を否定することはできない。控訴審の審判の対象は原判決に対する不服申立の当否であり、また、同法第三百七十七条第一項によれば、控訴審の口頭弁論はかような不服申立の当否であり、また、同法第三百七十七条第一項によれば、控訴審の口頭弁論はかような不服申立の限度すなわち原判決の変更を求める限度においてのみこれをなすことになつているけれども、他方、訴訟要件のように裁判所の職権調査事項については、不服申立の限度に拘束されるものではないから、口頭弁論を開いて不服申立の限度を明らかにする必要はない。

不適法な訴でその欠缺が補正できないためこれを却下すべきものと判断するには被告の意見陳述を聴く必要がないということは、控訴審の審判をなす場合においても同様であるから、控訴審においてかような判断の下に訴却下の原判決を支持し控訴棄却の判決をする場合には、口頭弁論を経ることを要しないと解すべきである。すなわち、同法総則編中の第二百二条の規定は、同条により訴を却下した判決に対する控訴審が、原判決を支持して控訴棄却の判決をなす場合にも適用あるものと解すべきである。

次に、控訴人の請求の追加的併合の許否につき判断するに、控訴人は、原審において、「訴状の訂正申立書」と題する書面を提出し、当初の被控訴人東京高等裁判所長官石田和外に対する請求のほかに、これを第一次請求とし、これが排斥されることを条件として予備的に、被控訴人国に対し、関連請求として「被告国は、原告に対し、金九、七〇〇円の金員を支払え」との判決を求める国家賠償の訴を併合して提起するため、被告の予備的追加並びにこれに伴う請求の趣旨及び原因の追加を申し立てたことは、本件記録上明白である。しかしながら、当初の訴それ自体がすでに不適法でありその欠缺が補正できず、口頭弁論を開かないでこれに関する本件控訴を棄却すべきことは、前記説示のとおりであるから、併合された新たな請求につき審理するときは、著しく訴訟手続を遅滞させる結果になることが明らかである。よつて、控訴人の請求の追加的併合はこれを許すべきでなく、原裁判所が控訴人による被告の予備的追加並びにこれに伴う請求の趣旨及び請求の原因の追加の申立を却下する旨の決定をしもつて控訴人の請求の追加的併合を許さなかつたことは、相当であり、この点についても原判決はこれを変更する余地がない。

よつて、民事訴訟法第二百二条、第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 中田秀慧 賀集唱)

控訴の理由

第一点

一、原審は、控訴人が本件判決前に、訴状訂正申立書を提出して、予備的請求を追加したにも拘らず、右申立を却下して本件訴を却下した。

二、右申立却下の理由は、右申立が判決言渡期日指定後になされたもので失当であるから、これを却下するというのである。

三、原審は、本件訴につき、口頭弁論期日を指定せずに、判決言渡期日を指定したもので、本件訴につき弁論を開き、これを終結して判決言渡期日を指定したものであるならば、右理由も相当であるかも知れないが、第一回口弁論期日の指定は職権によるものであるから、判決言渡期日後に右申立がなされたとの理由で却下するのは、明白に違法である。

四、仮りに、右申立は、口頭弁論期日指定を申立てた後にこれをなすべきものであるとしても、右申立には、当然に口頭弁論期日指定の申立が包含されているのであるから、これを却下するのは違法である。

第二点

一、仮りに右申立が認められないとしても、原審が本件訴を却下したのは違法であるから、これを取消して、本件訴につき裁判するため、これを東京地方裁判所に差戻さなければならない。

二、原審は、司法権と司法行政権、裁判権と裁判を受ける権利、判決請求権と訴訟法上の権利、及び裁判事務と司法行政事務などについての意識がないために、違法に本件訴を却下したものと認められる。

三、裁判においては、実体法は裁判規範即ち裁判所が実体的裁判に対して適用すべき規範であるが、手続法である民事訴訟法等は、裁判所が実体的裁判をするための行為規範である。

従つて、国民は、裁判所に対し、その行為規範が法律に従つて適正に行われることを請求する権利を有するものである。

右請求権は、判決請求権の一内容をなすものである。

四、控訴人は本件訴を右判決請求権に基づいて請求したものであるから、裁判所はこれを裁判しなければならない。

五、本件判決請求権は、本来ならば、その訴訟手続内の上訴による不服申立によつて是正されるものであるが、現行民事訴訟法においては、右不服の申立を認めていないので、国民は当然に、独立の訴をもつて、その救済を求めることができるものである。

六、原審は、裁判所がお山の大将で、独善で且つ専横であつてよいというのである。

換言すれば、裁判所はその訴訟手続において、どんな違法な行為を行つてもよろしいのであるというのであるから誠にあきれたものと言わねばならない。

訴訟手続は必ず法律に従つて行われねばならないものであると認める。

七、原審は、その理由において、上告状に印紙の貼用を命じた補正命令に不服のある者は、補正命令に従わない場合に発せられるであろう上告状の却下命令に対する上告手続においてこれを争うことができるにとどまり、司法行政上の不服の申立をなし得ないものであるとしている。

そして、現行法上は、右不服の申立が認められていないがそれは立法上の問題であるというのである。

八、そもそも裁判所がいくらの司法手数料を徴収することができるかは、司法行政上の法律問題であつて、裁判所は法律に反して違法に手数料を徴収することはできないものである。

裁判所が本件のように違法に司法手数料を徴収しようとし、その命令に従わないことを理由に裁判を拒否することができないものである。

そして、被控訴人石田長官は、右のような狭義の裁判所を監督すべき司法行政上の権限を有するものである。

よつて控訴人は被控訴人石田長官に対し、右監督権の発動を請求することができるものである。

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